福岡地方裁判所柳川支部 昭和35年(ワ)5号 判決 1963年7月03日
原告
龍セツ子
外一名
被告
小山武光
主文
被告は
原告龍セツ子に対し金四拾万円
原告龍弘美に対し金四拾万円
及び之に対する昭和三十五年一月二十四日より完済に至る迄夫々年五分の割合による金員
を各支払え。
原告其余の請求は之を棄却する。
訴訟費用は之を五分し其の四を被告の負担とし其余は原告両名の負担とする。
この判決は原告両名において各金拾参万円の担保を供するときは夫々仮に執行することができる。
事実
原告の主張
一、請求の趣旨として、被告は原告等に対し各金五拾万円宛並本訴状送達の翌日たる昭和三十五年一月二十四日から完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とするとの判決及び保証を条件とする仮執行の宣言を求めた。
二、請求原因として、
(一) 原告龍セツ子は亡龍正弘の妻であり原告龍弘美は原告龍セツ子と亡正弘との間に出生した長女である。
(二) 被告は肩書地において農機具及びその部分品の販売並その修理を業とし免許を有する自家用オート三輪自動車運転者であるが昭和三十四年五月十五日午前十一時過頃、自家用自動三輪車の助手席に原告龍セツ子の夫亡龍正弘を同乗させて運転し時速二十五キロの速力で青森県東津軽郡平内町大字清水川所在の薬師野国鉄第四種踏切に差しかかつたところ自動車運転者たる者はかかる場合には踏切手前で一時停車して左右を注視して列車の進行の有無を十分確認した上で踏切を横断すべき業務上の注意義務があるに拘らず之を怠り時速五キロ程度に減速しただけで左右の安全を十分確めることなく漫然横断しようとした過失により折から東進して来た第一五六貨物列車に車体前部を衝突せしめて車体ごとはね飛ばされ因て龍正弘を同日午後零時三十分頃右平内町清水川宇和山三七番地所在清水川診療所において頭蓋骨底部骨折等により死亡するに至らしめたものである。而して被告は右事故について業務上過失致死罪により青森地方裁判所に起訴せられた。
(三) 被害者たる亡龍正弘は昭和三十四年四月中旬頃から東京以北に出張し同人の勤務する竹下鉄工株式会社の業務である耕耘機の運転指導のため同会社の青森総代理店である被告方に至り被告の運転するオート三輪車に便乗して代理店の現地指導に行く途中、本件事故が発生したものであるが、亡龍正弘の死亡については同人には何等の過失なく本件事故は専ら被告の業務上の重大なる過失に基因する不法行為であり被告は当然之に因つて生じた一切の損害を賠償すべき責任がある。
(四) 本件事故発生によつて生じた損害は次のとおりである。
(1) 右事故発生によつて死亡した龍正弘は昭和六年三月二日生で当時二十八才の身体極めて頑健で柳川市大字本町所在の竹下鉄工株式会社に雇われ同会社の工作部の班長として働き当時日給金七百十円七十七銭を受けて原告等を扶養し一家の生計を立てていたものである。而して昭和二十九年七月厚生省発表の日本人平均余命表によれば同人は今後三十九年余生存し得ることになつているので同人の死亡当時の日給から生活費を控除して一日金百円の利益と仮定し三十年間稼働するとしても金百万円以上の得べかりし利益金を喪失したことになる。
(2) 被告は肩書地で小山農機具商会の称号で農機具及び部分品販売並修理を業とし資産金九百七十五万円を有し年間取引額は一千二百万円に及ぶ相当の費産を有するものである。
(3) 原告龍セツ子は昭和六年四月十七日生で事件発生当時二十八才であつて夫正弘の惨死に遭い当時一才の長女、原告龍弘美を抱えて悲痛その極に達しているが今後自身で幼児を抱えて生計を建てねばならぬ窮状にあり、この原告等の言語に絶する精神上の苦痛に対して被告は相当の慰藉料を支払うべき義務がある。
(4) 本件事故発生について被害者に過失がなく被告に重大なる過失の存する点、原被告の地位、身分、経済的事情や特に亡龍正弘の将来得べかりし利益の請求をなさない点及び原告等の現在並将来の精神的苦痛の甚大なる点等を考慮するときは被告が原告に支払うべき慰藉料の額については原告両名に夫々夫れ金五十万円宛を支払うを相当と思料せられる。
依て請求の趣旨記載のような判決を求むる次第であると陳述した。
三、被告の抗弁に対し被告の主張する抗弁事実は全部之を否認すると述べた。
被告の主張
一、請求の趣旨に対する答弁として、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求めた。
二、請求原因に対する答弁として
(一) 請求原因第一項の事実は之を認める。
(二) 請求原因第二項の事実中左の(1)乃至(5)は之を認めるが其余は之を否認する。
(1) 被告が免許を有する自家用オート三輪自動車の運転者であること。
(2) 原告等主張の日時頃、被告が右自動車を運転して其の主張の速力にて其の主張の踏切に差しかかつたこと並其の当時訴外龍正弘が其の助手席に同乗していたこと。
(3) 原告等主張の貨物列車と右自動車の車体前部とが衝突し自動車が跳ね飛ばされたこと。
(4) 訴外龍正弘が原告主張の日時場所において頭蓋骨底部骨折等により死亡したこと。
(5) 原告等主張のとおり被告が青森地方裁判所に起訴され審理を受けたこと。
(三) 請求原因第三項の事実中、訴外龍正弘が昭和三十四年四月中旬頃から竹下鉄工株式会社の業務のため東京以北に出張していたことは認めるが、其の余の事実は否認する。
(四) 請求原因第四項の事実中
(1) 記載の事実中、訴外龍正弘が昭和六年三月二日生で当時二十八才であつたことは之を認めるが其余は不知である。
(2) 記載の事実は否認する。
(3) 及び(4)記載の事実中原告龍セツ子が昭和六年四月十八日生で事故発生当時二十八才であつたこと及び原告龍弘美が右セツ子の長女であつて当時一才であつたことは認めるが其余は之を認めない
と述べた。
三、抗弁として
(一) 被告は昭和三十四年五月十五日午前十一時過頃自家用自動三輪車の助手席に訴外龍正弘を同乗させて之を運転し時速二五キロ程度の速力で進行し薬師野国鉄第四種踏切に差しかかつたので時速五キロ程度に減速し列車の進行を確めるため最初右を見て列車が進行して来ないことを認め次いで左方を見ようとしたところ右正弘の身体に遮られて見えなかつたので同人に対し左方は大丈夫かと尋ねたが返事がなかつたので左方からも列車が来ないものと思い込み同踏切を横断せんとして本件事故を起したものである。本件事故の被害者である右正弘は自動三輪車の運転者である被告の助手ではないけれども助手席に乗り込んでいたのであるから被告に協力して事故を発生せしめないように注意すべきは助手席に同乗した者として正に採るべき処置であるに拘らず事茲に出でなかつたのである。このことは本件事故発生の主要な原因をなしているのであるから当然過失相殺されるべきである。
(二) 訴外龍正弘は本件事故発生当時身体の健康状態は普通であつた。同人は当時竹下鉄工株式会社の普通の工員であつて日給金二百七十五円であつた。又同会社には当時から満五十五年を定年とする定年制が実施されているのである。
(三) 訴外龍正弘の死亡により
(1) 被告は青森市の被告宅に於て右正弘の仮葬儀を行い葬儀費用及び其の附随費用として合計金八万五千円を支出し懇に供養している。
(2) 訴外竹下鉄工株式会社は、
(イ) 右正弘の遺族であるその兄及び原告セツ子の弟の両名の青森行往復旅費、その滞在費を負担し、これに同会社社員三名を随行せしめ右費用合計金拾万七千百八拾円を支出し
(ロ) 右正弘の大川市の自宅における本葬儀に際し葬儀料として金参万円、供物料として金参千円、葬儀用自動車代として金五千九百七拾円合計参万八千九百七拾円を支出し誠意を示している。
(3) 原告等は労働者災害補償保険金として金七拾壱万七百七拾円、葬祭料として金四万弐千六百四拾六円を受領している。
(4) 原告等に対し竹下鉄工株式会社が右正弘のため生命保険金拾五万円を交付している。
(四) 被告は昭和三十五年三月青森地方裁判所に於て業務上過失致死傷罪(業務上過失により訴外竜正弘を死亡せしめ外二名を傷害させたことにより)により禁錮十月に処せられ現在其の執行を終つているのである。
(五) 以上第(三)項及び第(四)記載のとおり原告等は物心両面に於て現在十分に慰藉されているのであるから原告の本訴請求は失当である。
と述べた。(立証省略)
理由
原告龍セツ子が訴外亡龍正弘の妻であり原告龍弘美が亡正弘と原告セツ子との間に出生した長女であること、被告が免許を有する自家用オート三輪自動車の運転者であること、昭和三十四年五月十五日午前十一時過頃自家用自動三輪車の助手席に訴外亡龍正弘を同乗させて運転し時速約二十五キロの速力で青森県東津軽郡平内町大字清水川所在の薬師野国鉄第四種踏切に差しかかつた際時速五キロ程度に減速して右踏切を横断しようとして折から東進してきた一五六貨物列車に車体前部を衝突せしめて車体ごとに跳ね飛ばされ因て龍正弘が同日午後零時三十分頃右平内町清水川宇和山三七番地所在清水川診療所に於て頭蓋骨底部骨折等により死亡するに至つたことは当事者間に争がない。
よつて右事故発生の原因について考える。成立に争のない甲第二乃至第十三号証に徴すると、被告は右事故発生の直前、右現場において自動車運転者として、かかる場合は踏切手前で一時停車して左右を注視し、列車等の進行の有無を十分確認してのち踏切を横断すべき業務上の注意義務があるにも拘らず之を怠り時速五キロ程度に減速したのみで左右の安全を十分確かめることなく漫然として右踏切の横断を開始した為め前記のような事故を発生するに至つた事実を認むることが出来る。
被告は抗弁として本件事故発生の直前、右現場において先づ列車の進行を確めるため最初右を見て列車が進行して来ないことを確め次いで左方を見ようにしたところ右龍正弘の身体に遮られて見えなかつたので同人に対し左方は大丈夫かと尋ねたが返事がなかつたので左方からも列車が来ないものと思い込み同踏切を横断せんとして本件事故を起したものである。本件事故の被害者である右正弘は自動三輪車の運転者である被告の助手ではないけれども、助手席に乗り込んでいたのであるから被告に協力して事故を発生せしめないように注意すべきは助手席に同乗した者としてまさに採るべき処置であるに拘らず事故茲に出でなかつたのである。このことは本件事故発生の主要な原因をなしているのであるから当然過失相殺されるべきである旨抗争するのでこの点について考える。
道路交通法第三十三条は「車輛等は踏切を通過しようとするときは、踏切の直前で停車し、かつ、安全であることを確認した後でなければ進行してはならない」と規定し、更に罰則として同法第百十九条第一項第二号は「第三十三条(踏切の通過)の規定に違反となるような行為をした者は三月以下の懲役又は三万円以下の罰金に処する」と規定しているところ、被告が一時停車をしなかつたこと自体が道路交通法第三十三条違反であつて、其の当時助手席に同乗しておつた亡龍正弘が被告の安全確認の質問に対し返事をしなかつたことは被告の右違法行為の違法性を阻却する事由とはならないのみならず、亡龍正弘は其の当時農業用耕耘機の製造販売を業とする訴外竹下鉄工株式会社の生産部第二工作課の班長として勤務しており右機械の特約代理店を営む被告に対し故障対策並使用者のサービスの為め青森市に出張したもので偶々被告の運転する自動三輪車の助手席に同乗しておつたことは成立に争のない甲第十五号証並証人古賀毅の証言に依り明らかであるから、亡龍正弘が被告の安全確認の質問に対し返事をしなかつたことを以て直ちに本件事故の発生について過失の責に任ずべきものとは考えられないので被告の右抗弁は理由がない。
更らに進んで原告両名の慰藉料の数額について考える。当事者双方の年齢、社会的地位、職業、経歴、資産、収入の程度、本件事故発生の原因、事故発生後被告の執つた処置、原告等が受領した見舞の金品、葬祭料、労働者災害補償保険金、生命保険金(退職金)其他諸般の事情を斟酌すれば、被告の原告両名に支払うべき慰藉料の額は各金四拾万円を相当と認める。
故に原告の本訴請求は右限度においては正当として認容するけれども其余は失当であるから之を棄却する。
よつて訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九条第九十二条、担保を条件とする仮執行の宣言に付同法第百九十六条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 藤本信喜)